東京地方裁判所 昭和56年(ワ)7155号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【説明】
当事者の主張は、次のとおり。
「一 請求の原因
1原告生天目昭一(以下、「原告生天目」という。)は、医事評論家であるが、自ら癌に罹患しその治療にいわゆる丸山ワクチンを使用したことを契機として、自己の闘病生活、癌治療の実態、丸山ワクチンの癌に対する有効性を平易に論述した別紙目録記載の書籍(以下、「本件書籍」という。)を著作した。
原告株式会社泉文社(以下、「原告会社」という。)は、書籍の出版販売等をその事業目的とする株式会社であるが、原告生天目から本件書籍について出版権の設定を受け、昭和五六年五月に、本件書籍を出版した。
2 被告は、公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように放送を行うことを目的とし、放送法に基づき設立された法人であるが、昭和五六年六月八日及び同月一四日に、被告が編集、製作した「がんと丸山ワクチン」と題する番組を、約四五分間にわたつて全国に放映した(以下、右番組を「本件番組」という。)。
3(一) 本件番組は、被告が、放送法第四四条第三項第三号、第四号の規定に違反し、丸山ワクチンの癌に対する効能の有無という意見が対立している問題について、できるだけ多くの角度から論点を明らかにする方法をとらず、丸山ワクチンの癌に対する効能を否定する側に立つて、丸山ワクチンがいかにとるに足らない、治療効果のないものであるかを一般国民に知らせようとの意図のもとに、客観的によそおいをこらしながら、次のとおり、偏頗な立場に立ち、事実を曲げて、編集、製作したものである。
(1) 本件番組は、丸山ワクチンが癌に対し有効か無効かが主な論点とされていたのであるから、被告はそれぞれの立場にある医学者、薬学者、臨床家を公平に登場させるべきであつたが、本件番組においては多くの医学者、臨床家を登場させたにもかかわらず、丸山ワクチンの有効性を説く医学者、臨床家は右ワクチンを開発した当の丸山千里博士のみであつた。被告は、丸山ワクチンの有効性を支持する医学者、臨床家の存在を極めて容易に知りえたはずであり、被告が本件番組において丸山ワクチンの有効性を否定する医学者、臨床家を多数登場させたことは、著しく偏頗で不公正な立場で本件番組を編集したことになる。
(2) 本件番組中、癌治療学会が昭和五一年一〇月ころ仙台で開催した会議について触れた部分で、ナレーターが右会議で丸山博士に対し山村大阪大学教授(現大阪大学総長)との共同研究の提案がされた旨述べ、引き続き折田岡山大学教授がインタビューに答え、丸山ワクチンは家内工業的手仕事的な抽出法によつているのに対し、山村教授の分折、抽出法は近代科学の粋を集めたものである旨、丸山博士が共同研究に消極的であつた旨述べているが、折田教授の右発言部分は故意に事実を歪曲したものであり、共同研究が提案された事実もない。このようなことは、被告が調査すれば容易に知りうるところであるのに調査をせず、また、少なくともこれに対する丸山博士側の反論を紹介しなかつたのは公平な編集態度とはいえない。
(3) 本件番組中、虎の門病院消化器外科部長の秋出洋氏に対するインタビューの場面があるが、右インタビューの際の同人の発言の一部を抜き出して編集したため、一船的に丸山ワクチンの使用者が手術を排斥する傾向があるかのような誤解を与えた。
(4) 本件番組には、丸山ワクチンの使用とその効果に関し、第三〇回食道疾患学会に出席した医師らへのインタビューが織り込まれているが、丸山ワクチンに否定的な医師のみを出した疑いが強く、インタビューの相手の選択が偏頗である。
(5) 丸山ワクチンについては動物実験がされているのに、本件番組ではナレーターが動物実験はされていない旨虚偽の事実を述べた。
(6) 丸山ワクチン投与による癌の縮少ないし消失例のレントゲン写真は多数あるのに、本件番組ではこれを全く採りあげなかつた。
(7) 被告は、本件番組中に女性が自ら丸山ワクチンを注射している場面を織込んで、丸山ワクチンが素人に乱用されているかのような印象を与えているが、右女性は実際は看護婦であり、その旨の説明がされていない。
(8) 被告は、本件番組中にアメリカ合衆国における医薬品「レアトリル」に関し、癌に対する効果がないのに無知の利用者がこれを求めてメキシコ方面にまでおしかけているように構成された場面を挿入し、丸山ワクチンをめぐる「騒ぎ」もこれと同断であることを強く印象づけた。
(9) 被告は、本件番組を編集するに当たつて、広範囲の取材活動をしたが、取材班の某記者は、本件書籍の著者である原告生天目にも取材するように第三者から勧められながら、「生天目氏は評判が悪いので行くつもりはない。」と述べて、取材をしなかつたのであるが、このことは、同記者したがつてまた被告が本件書籍の著者及びその内容について、初めから偏見を有していたことを示すものである。
(二) 以上のように、本件番組は、丸山ワクチンの癌に対する効能について否定的な印象を視聴者に対し与えるものであつたが、被告は、本件書籍の存在を知りながら、本件書籍の題名「ガンと丸山ワクチン」と同一の題名(片仮名の「ガン」と平片名の「がん」という表記法の相違は有意的な差ではない。)を本件番組に付した。このため、一般視聴者に対し、本件書籍と本件番組とが同一内容のものという強い印象を与え、本件書籍ひいてはその著者である原告生天目もまた丸山ワクチンの癌に対する効能を否定しているとの誤解を与えた。
(三) 被告は、本件番組において本件書籍を丸山千里著「丸山ワクチン」、井口民樹著「ガンが消えた、丸山ワクチン追跡レポート」等の単行本や週刊誌と並べて紹介する形で画面に放映したが、右紹介の趣旨は、その紹介の仕方及び番組全体の文脈からして、「これらの書物によつて丸山ワクチンが癌に対し著効があるかのように喧伝されているが、本件番組における諸事実と説明によつて明らかなように、これらの書物は、実際は医学の専門家によつてその効果が否定されたものを誇大に取り上げている」というにあつた。
また、本件番組における右(一)(2)の部分及び山村大阪大学総長の発言部分は、本件書籍における同氏と丸山博士との研究関係について論じた部分(本件書籍中一九八頁一四行目から一九九頁一六行目の部分)に対する反論として報道されたものであつた。
以上のように、本件番組は偏頗な立場、意図のもとに編集、製作されたものであるが、被告の巨大な力、その公共性からその番組の公正さに信を置く視聴者は、これを癌と丸山ワクチンの関係について正確な内容を盛込んだものと考え、このことから、丸山ワクチンの癌に対する有効性を平易に叙述した本件書籍の内容について疑問又は否定的評価を抱く結果となつた。
(四) 以上のとおり、被告が本件番組を編集、製作、放映したことにより、本件書籍の著作である原告生天目は著作者人格権、名誉権を侵害され、本件書籍の出版社である原告会社は営業上の利益を違法に害された。
4(一) 被告の右の行為により、本件書籍の売上げは少なくとも三万部減少し、原告会社は営業上の損失を被つた。
本件書籍の販売により得られる利益は一冊当たり三二三円であるから、三二三円に右三万を乗じて得られた金額九六九万円が、原告会社が被つた損害である。
(二) 被告の右行為により原告生天目の名誉と声望が著しく害され、これによつて原告生天目が被つた精神的苦痛は大であり、右を慰藉するには三〇〇万円が相当である。
(三) 原告らは被告の不法行為により本訴提起を余儀なくされ、原告会社は一〇〇万円、原告生天目は三〇万円を、それぞれ原告代理人に対し訴訟遂行費用として支払う約束をした。したがつて、原告らは、それぞれ右同額の損害を被つた。
5 よつて、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、原告会社は一〇六九万円、原告生天目は三三〇万円、及び右各金員に対する不法行為の日の後である昭和五六年七月八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」
【判旨】
一原告生天目が本件書籍を著作したこと、原告会社が昭和五六年五月に本件書籍を出版したこと、被告が昭和五六年六月八日及び同月一四日に被告が編集、製作した本件番組を全国に放映したことは当事者間に争いがない。
二<証拠>によれば、本件番組の題名が、「NHK特集 がんと丸山ワクチン」であることが認められる。この題名のうち「がんと丸山ワクチン」の部分が本件書籍の題名「ガンと丸山ワクチン」と類似していることは明らかであるが、「がん(ガン)と丸山ワクチン」との題名は、癌という普通名称を仮名書きし、これを丸山千里博士が研究開発し癌の治療に用いているワクチンの通称として周知の「丸山ワクチン」との語を接続詞「と」で並列させたもので、それ自体何ら個性的な表現ではなく、何人がこれを使用しても差支えない一般的な表現であることは自明であり、したがつて、本件書籍の題名は、本件書籍が癌と丸山ワクチンの関係を述べた内容を有する書籍であることを示すにとどまり、本件番組の題名は、本件番組が癌と丸山ワクチンの関係を内容とした被告編集の報道特集番組を示すに過ぎないことが明らかであるから、右のような題名の類似性があるからといつて、本件書籍と本件番組との間に、両者がともに癌と丸山ワクチンの関係を主題としたものである以上に、原告主張のような両者が同一内容という印象を与える等の何らかの内容的関連性があるとの誤解を一般視聴者ないし国民に与えるという余地は全くないといわなければならない。原告が請求の原因3(二)で主張するところは到底採用できない。
三次に、<証拠>によれば、本件番組の前半部分において丸山ワクチンの軌跡を紹介したくだりの一部として、「昭和四五年ころから、マスコミに取り上げられ、専門医達の間で科学的検討がなされないまま、世間の大きな反響を呼んでいく。」とのナレーションの下に、丸山ワクチンについて論じた多数の書籍雑誌が出版されている状況を報道するために、丸山ワクチン関係の単行本や週刊誌等の多数の書籍雑誌等を画面上に一括して登場させた場面があり、その中の一冊として本件書籍が含まれていたが、この場面が、請求の原因3(三)で原告が主張するような本件書籍を何らかの意味で紹介したり、その内容について論評をしたりする趣旨ではないことは画面上明らかであること、右画面はズームアウト手法を用いて構成されたわずか数秒間の画像であつたため通常の視聴者にとつて本件書籍の題名、著者名等を判読することは困難であり、しかも、右以外に本件番組全体において本件書籍がその画面に登場したことはなく、本件書籍の存在、内容、その著者、出版社について言及されたことは全くなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
以上の事実と<証拠>によれば、本件番組と本件書籍とは、両者がともに癌と丸山ワクチンの関係を内容としていること以外に、相互に何らの内容的関連性も有せず、両者はそれぞれ独自の内容を有する別個の著作物として存在しているに過ぎないことが明白である。したがつて、本件番組を編集、製作、放映した被告の行為が、本件書籍の著作者である原告生天目の著作者人格権又は名誉権、本件書籍の出版社である原告会社の営業上の利益を各害したとする原告の主張は、請求の原因3(一)の事実の有無を問うの要はなく、失当であること論をまたないところである。
四以上のとおり、原告らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
(牧野利秋 野崎悦宏 設楽隆一)
目録
書籍名 ガンと丸山ワクチン
発行日 昭和五六年五月二〇日
(初版発行)
著者 生天目昭一<編注・原告>
発行者 安井一昭
発売元 株式会社泉文社<編注・原告>